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2018.11.5[チーム]

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『俺たちの、ガンバプライド。』第四回:實好礼忠U-23監督

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ユニフォームの左胸に輝く9つの星。
27年を数える歴史の中で、その時代を彩った、ガンバ大阪にかかわるすべての人によって掴み取った栄光だ。
もちろん、その過程には常に歓喜があったわけではない。
苦しいことも、悲しいことも、悔しいことも。
そのすべてを受け入れ、乗り越え、戦い続けてきた。
そして、歴史は今も続いている。
だからこそ、俺たちは決して屈しない。
青黒のユニフォームを纏う責任と、その胸にあるガンバプライドに賭けて。



ガンバ大阪一筋で13年に及んだ現役時代も、引退後、08年にガンバ大阪ユースチームのコーチとして始まった指導者としてのキャリアにおいても、常にガンバの『選手』に抱いていたイメージがある。
それは『意図をもってプレーしている選手が多い』ということ。
選手時代は、各々が理想とするイメージを明確に描きながらプレーを選択するチームメイトに刺激を受け、指導者になってからは、アカデミーの選手でさえも、いい意味で指導者の『いいなり』ではないことに驚かされた。

「僕は一度だけ、ガンバ以外のクラブで指導していますが、離れてみて改めて感じたのは、ガンバには『意図を持ってプレーする選手が多い』ということでした。特に、ガンバアカデミー出身の選手は、4対2の練習の時でさえ、ミスを指摘すると『僕はこういう判断で、こうしました』と明確にプレーの意図を伝えてくる。しかもそうした意識づけが、アカデミー時代からされていることもあって、トップチームに昇格してからも考えること、状況判断をすることが当たり前のように行われる。そのことは自分が選手時代から実感していたガンバの魅力だし、だからこそ、ガンバで指導者を預かる上では、アカデミーでも、トップチームでも、その部分を選手に求めるようにしています」

そんな風に、選手時代に感じた『ガンバ』を、指導者としての自身に役立てていることは多々ある。それはクラブが築いてきた伝統を受け継ぐという意味に於いても、だ。思えば現役時代には『弱小クラブ』という不名誉なレッテルを張られていた90年代半ばから、05年に始まった『タイトルの歴史』まで、クラブが変化していく様を目の当たりにしてきた實好だが、中でも、大きく飛躍を遂げた02年以降に肌身で感じた「強豪クラブになるために必要な要素」は、今でもその胸にある。
「00年過ぎから、アカデミー出身選手がチームの中心としてピッチに立つことが増え、そこにヤット(遠藤保仁)や智(山口智)ら移籍組や外国籍選手が加わり、西野(朗)さんが監督に就任し…と全てがガシッと噛み合う中で、チームの成長速度が一気に早まった気がしました。加えて、ヤットや智はもちろん加地亮など、プロ意識の高い選手が毎年のようにチームに加わった影響もすごく大きかったと思います。
実際、彼らの意識の高さは周りにも伝播して、チームにいい刺激と緊張感を生み、僕らベテランも含めた全員が『サッカー』に全てを注いで毎日を過ごすようになった。しかも、そうなると不思議なもので、僕は当時すでに30歳を過ぎていたのにグングン、自分がうまくなっていくのがわかるし、チームが変化していくのを感じるんです。その中で『チームが強くなるには理由があるんだな』と気づけたことや、実際に強くなっていく過程を経験できたことは指導者としての自分にも大いに活かされています。と同時に、それを選手やチームに伝え、クラブの力に変えていけるようにサポートしていくことも、自分が育ててもらったクラブで指導にあたる責任だと感じています。」

下位に低迷していた時代から選手としてガンバ一筋でプレーし、様々な変化を肌身で感じとってきたガンバを愛する OBとして。
また、選手を成長させ、チームの力に変える責任を担う指導者として。

あらゆるシーンで『ガンバが強くなるために必要なこと』を選手に求め、その成長を促す。
それが實好礼忠の、ガンバプライド。


Interview and text by Misa Takamura