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2018.11.13[チーム]

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『俺たちの、ガンバプライド。』第五回:初瀬亮

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ユニフォームの左胸に輝く9つの星。
27年を数える歴史の中で、その時代を彩った、ガンバ大阪にかかわるすべての人によって掴み取った栄光だ。
もちろん、その過程には常に歓喜があったわけではない。
苦しいことも、悲しいことも、悔しいことも。
そのすべてを受け入れ、乗り越え、戦い続けてきた。
そして、歴史は今も続いている。
だからこそ、俺たちは決して屈しない。
青黒のユニフォームを纏う責任と、その胸にあるガンバプライドに賭けて。



ジュニアユースチームに所属していた中学2年生のとき、トップチームの試合をユースチームの選手とともに万博記念競技場で観戦した。対戦相手などは細かく覚えていないが、その一戦には同じアカデミー出身の高校3年生、宇佐美貴史(デュッセルドルフ)が先発出場し、ゴールを決めたことは覚えている。と同時に、自分の斜め前に座っていた宇佐美の同級生、大森晃太郎(FC東京)の姿も。

「当時、中学生だった僕にとってJ1リーグの舞台で輝く宇佐美くんはもちろん、ユース選手を含めたガンバでプレーする上級生はみんなが憧れの存在でした。その時も僕らはトップの試合をスタンドから観ていて…正確にはユースの選手より少し上の段に座っていたんですけど、宇佐美くんがゴールを決めた瞬間、アカデミーの選手が座っていた一帯がめっちゃ盛り上がったんです。なのに、斜め前に座っていた晃太郎くんだけは席を立つことも、手を叩くこともなく、ただ試合を観ているって感じで…。帰り道も同期の選手と『晃太郎くんだけ喜んでいなかったよな』って話したのを覚えています。その真意はわからないけど、『同級生の活躍を喜んでる場合じゃないと思っているんかな』って勝手に想像したりもして…。うまく説明できないけど、そういう晃太郎くんの姿を見て、僕自身もいろんなことを考えたのを覚えています」

ジュニアユースに加入した時から、ユースチームやトップチームで活躍する選手を見ながら育ってきた。ユースに昇格したばかりの頃はトップチームの練習場と隣あわせになり、憧れの『プロ』の世界にグッと近づいたが、現実には「遥かに遠い存在に思えていた」そうだ。それでも、その差を実感しながらプレーできる環境は刺激でしかなく、初瀬にガンバの一員である自覚を芽生えさせた。現にトップチームが勝てば自分のことのように嬉しく、誇らしかった。

「当時は万博記念競技場で試合があったので、自分たちの練習を終えるとスタジアムまでダッシュで自転車を走らせました。そしたら、スタジアムはいつも人でいっぱいで…毎回、同じ光景なのに、毎回『あ~俺もここでプレーしたい!』って思っていました。しかも、ガンバが勝てば何となく自分まで誇らしくて…。プロになった今は、自分がアカデミーの後輩からそんな風に見られているんかなって思うと責任も感じるし、実際に憧れられるくらいの『活躍』をせなアカンなって思います」

ただし、トップチームに昇格して3年。その『活躍』の難しさにも直面している。現に今年は、過去2年に比べてJ1リーグの舞台に立てない時間が長く続いているだけに、危機感は募るばかりだ。

「アカデミー時代はずっとガンバで活躍する自分を想像していました。でも実際に昇格してみると、瞬間的には活躍できても、それを3年、5年と続けるのがいかに難しいのかを思い知った。しかも、それが出来なければ、自分がどんなにこのクラブにいたいと思っても、叶わなくなるかもしれないということも。でも、考えたらそうですよね。アカデミー時代、あんなにすごいと思っていた先輩の中でプロになれたのはほんの一握りで、ましてやガンバでずっと活躍し続けている選手は数えるくらいしかいないわけで…。だからこそ、ガンバのユニフォームを着続けるには自分が大きくなるしかないと思う。ガンバは、アカデミー出身やから、愛着があるから、って在籍できるほど、甘いクラブじゃないから」

大好きなガンバでプレーし続けるために、『ガンバ』に見合う自分になり、後に続く後輩の希望となる。

それが初瀬亮の、ガンバプライド。


Interview and text by Misa Takamura