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2017.12.3[チーム]

藤ヶ谷選手 サイン会&引退会見報告

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先日引退を発表しました藤ヶ谷選手のサイン会、ならびに引退会見を本日行いました。
サイン会では朝早くからショップで多くのお客様に来場いただき、予定通り12:00から藤ヶ谷選手のサイン会が始まりました。
サインをしてもらうため、ユニフォームや色紙、ガンバグッズなどを皆さん持ってきていましたが、中には懐かしいMDPを持ってきている方も。藤ヶ谷選手は1時間強をかけて、来場いただいた方全員にサインを行いました。また、花束などたくさんのプレゼントを頂いていました。
その後、メディアの方を対象とした記者会見を実施。
以下、記者会見の内容になります。

藤ヶ谷選手「今シーズンで19年間の選手生活を終えることとなりました。プロ生活をスタートさせていただいたコンサドーレ札幌の関係者の皆さん、1年間地元のクラブでお世話になったジュビロ磐田の関係者の皆さん、そして12年間、本当に長くお世話になったガンバの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に19年、自分としてもよくやったんじゃないかと思いますし、たくさんの、本当にいろんな経験をさせてもらったので、楽しく幸せな時間ではありました。
引退するんですけど、未だ実感のない部分もありますし、深く悲しいという思いもないんですけど、振り返ってみると本当に楽しい選手生活だったかなと思っています。
沢山の人に支えられたことでここまで出来たんだなと改めて思っています。本当にみんなに感謝します。」

Q「ご自身で引退を考えられた時期と、きっかけを教えてください。」
藤ヶ谷選手「クラブからは11月の頭に契約満了ってことを、ちょっと寂しいですけれど練習後のグラウンドの上で伝えられました。寂しくもあり悲しい思いもありましたけど、そこから自分なりに考えて新しいクラブを探して現役にこだわっていくのか、それとももうここで選手として区切りを付けるのか、たくさん悩みましたけど、長くお世話になったクラブで、自分の好きな、大好きなクラブで終わるのがいいのかなと思いまして決意しました。」

Q「ご家族には何かご相談をされましたか?」
藤ヶ谷選手「もちろん第一に報告しました。でも、子供とか妻とかはやっぱりまだ現役でやってほしいということは言ってましたけど、最後は僕が決めたことに対して尊重してくれたし、また頑張っていこうという感じで。ただ子供はまだまだやってほしいという感じはあったみたいですけど。」

Q「それだけやはりご自身の中でガンバというクラブが大きいものだったのでしょうか。」
藤ヶ谷選手「そうですね、はい。僕のサッカー人生の中では最高の時間を過ごせたと思うので、本当に本当に大きいクラブです。」

Q「2005年に移籍してきてから本当にいろんなタイトルを獲得されてきたと思うのですが、特に思い出に残っているシーンやタイトルがあれば教えてください。」
藤ヶ谷選手「やっぱりまずは2005年のJ1で初優勝した時ですね。移籍してきて僕はすぐけがをして、なかなか試合には絡めなかったんですけど、そこから夏過ぎくらいにようやく試合に絡めるようになって、優勝する瞬間はピッチに立ってその瞬間を味わうことが出来たので、本当に印象深く残っています。
あとは2008年のACL優勝。あの瞬間もそうですし、あのシーズンっていうのは、ACLで優勝して、そのあとクラブワールドカップに出て、また天皇杯もあって、そして最後天皇杯で優勝して終わることができたので、あの1年は本当に濃い1年だったなって思います。」

Q「一方で一度ガンバを離れて、また戻って来てからのこのガンバでの時間というのも、また変わったものもあったかと思うのですが、戻って来てからはいかがだったでしょうか。」
藤ヶ谷選手「一度離れたにも関わらず、ガンバに戻って来られたというのはすごい不思議な感じではありました。それは本当に監督、長谷川健太さんのお陰で戻ってくることができたと思っています。戻ってくるときには、試合に絡むチャンスが少なくなっていくというのは、自分の中で仕方ないかなと受け入れた部分もありましたけど、試合に出場することは少なかったですけど、自分なりにチームのためにやってきたつもりですし、ルヴァンカップとかはチャンスをもらえたので充実感はすごくありました。」

Q「改めてになりますが、ガンバ大阪というクラブはご自身の中でどういう存在ですか。」
藤ヶ谷選手「本当に素晴らしいチームメイトがたくさんいたし、一緒にやらせてもらった本当に尊敬できる先輩方がたくさんいて、自分にとって本当に最高のクラブだし、最高の時間を過ごせたかなと思っています。」
 
Q「引退を決められてから、先輩・後輩・チームメイトから声をかけられたり、あるいはこういう話をしたよということがあれば教えてください。」
藤ヶ谷選手「いろんな人に報告した時には、まだ出来るんじゃないかと言ってくれた人もいたし、お疲れさまと温かい言葉をかけてくれた人もたくさんいました。それは本当に僕にとってはありがたいことです。」

Q「この会見の前にはサイン会も行われたり、引退を表明されたあとにはサポーターの方々からも色々と言葉があったと思いますが、何か心に残った言葉、思い出はありますか?」
藤ヶ谷選手「みんなが「おつかれさま」とか「ありがとうございました」って言ってくれたので、そういう言葉がすべて嬉しかったです。」

Q「改めてサポーターの皆さんに一言メッセージをお願いします。」
藤ヶ谷選手「本当に19年間多くの人に支えられて僕はここまでやって来れたと思っています。本当に皆さんには感謝の言葉しかありません。また、今後もサッカーに携わる仕事をしていきたいと思っているし、その予定でもあるので、また今後ともよろしくお願いします。」

Q「今後のご予定は何か決まっていることはあるのでしょうか。」
藤ヶ谷選手「具体的に決まっているわけではないですが、ガンバの方と前向きな話はさせていただいています。」

Q「19年間の現役生活を総合的に振り返って一言お願いします。」
藤ヶ谷選手「本当に周りの人に感謝というのが一番で、たくさんの人に支えられてここまでやって来れたと思っています。サポーターの皆さんには、発表するタイミングとか、できればホーム最終戦の前にする方がよかったかなとも思ったんですけど、タイミングとか、会社の方とも話す場も引退を決意してからもなかったですし、会社の方からもそういう話はさせてもらえなかったので、発表がああいう形になってしまったのはちょっと残念でしたけど、本当にたくさんの方に応援してもらってここまでやって来れたと思っています。本当に感謝の言葉しかありません。」

Q 「特に印象に残った選手がいれば教えてください。」
藤ヶ谷選手「たくさんいますけど、宇佐美貴史は強烈でしたね。貴史と最初にあったのは貴史が高校2年生くらいでしたけど、トップの練習に参加して、ボールを持つとドリブルでかわせるし、シュートもテクニックあるし、すごい選手だなと思いましたね。」

Q「昨日の試合のラストの瞬間、どんな気持ちになられましたか。また、19年間の長いキャリアはなかなか誰もが築けるキャリアではないと思うのですが、それを支えたものはご自身の中でどのようなものだと考えているか教えてください。」
藤ヶ谷選手「昨日の試合の瞬間は勝てなくて残念だったという気持ちです。ここまでやって来れたのは、家族の支えであったり、周りの皆さんの支えがあったからやって来れたと思ってます。」

Q「なかなか実感が持てないということでしたが、昨日の試合が終わった瞬間も実感はなかったですか。」
藤ヶ谷選手「試合が終わった瞬間も、半々というか、これで終わるんだという気持ちもあったし、まだ続くんじゃないかという気持ちもあって、グッとくるものはなかなか感じてなかったです。いまだに感じてません(笑)。」

Q「長谷川監督や選手達も昨日の試合、最後使ってあげたいという話をされていて、そういう展開でカードが一枚残っていましたが、自分のことよりもチームの勝利を意識されていたと思いうのですが、あえてそこで出場しなかったのは、自分のことよりもチームの勝利をを意識されたのかなと思うのですが、そこのいきさつとかどういう思いだったんでしょうか。また、サポーターからコールを受けて、サポーターの前で胴上げされて、そういうときの心境、どういうことが頭によぎったんでしょうか。」
藤ヶ谷選手「最後の試合に関しては、試合展開の中でチームに余裕があったら出させてもらったらうれしいなと思っていたので、点差が開いているとか、そういう状況だったら出させてもらったらいいなという状況だったので、なかなか拮抗した展開の中で、やっぱりそこで普通に試合をして勝って欲しかったので自分の出る出ないは最後だからと言って、特に関係なく、とにかくチームが勝ってほしいというそれだけだったので自分が出なかったことに関しては特に何も感じてません。試合終わった後に、アウェイの地に多くのサポーターが来ていただいて、その中でチームメイトに胴上げしてもらって、本当に本当に嬉しかったです。たくさん温かい言葉もかけていただいたし、本当に何回も言ってますけど、たくさんの人に支えられてここまできたんだなと改めて感じました。」

Q「19年間お疲れ様でした。磐田から帰ってきた後は、セカンドGKというすごく難しい立場だったと思うんですけれど、どういった心構えでチームに貢献するように考えて、日々過ごしてきたかを教えてください。」
藤ヶ谷選手「自分の中では特に難しかったとはあまり思っていなくて、単純に目の前の試合に対して100%準備する、そのために練習でアピールする、ということの繰り返しで、試合に出れなかったら、出る選手のサポートをする、そういうことの繰り返しだったので、特に難しかったとは僕の中ではあんまり感じていないです。」

Q「藤ヶ谷選手が大好きとおっしゃっているガンバですけれど、藤ヶ谷選手がおっしゃっている先輩方から学ばれた一番のことは、今までどのように思われましたか。後輩の皆さんは藤ヶ谷選手がお父さんみたいに見守ってくれた。ガンバがこういったサッカーをすればいい、と言ってくれて、すごくうれしかったと。後輩たちにどのように育ってほしいか、どんなガンバになってほしいですか?」
藤ヶ谷選手「本当に多くの偉大な先輩方達とプレーをさせていただいて、単純にうれしかったですし、厳しく接してもらうときもありましたし、本当にたくさんの愛情をもって先輩方には接してもらったので、それを僕は後輩につなげていきたいと思っていました。うまく後輩に伝わったかはわかりませんけれど、伝統のあるクラブなので、常に優勝争いとか、そういうところに絡んでいくべきクラブだと思っているので、そういうところはずっと継続してもらいたいですし、そういうところを願っています。」

Q「セカンドGKで淡々と準備をなさっていたとおっしゃっていましたが、そういっても難しいと思うんですね、同じ気持ちを維持しておくこと。その維持できたモチベーションの保ち方は何かあったんですか。」
藤ヶ谷選手「もちろん、試合に出たいという気持ちは常に持っていました。でも出れないからと言って、練習で手を抜いたりするのは、プロじゃないと思いましたし、そういう姿勢というのは、後輩とか監督とかに絶対伝わると思ったので、そういうことだけは絶対やったらいけないと思っていました。何をモチベーションにしていたかといえば、とにかく試合に絡みたいという思いだけだったので、そういう風に思ってやってきたことが一番だったかなと思います。」

藤ヶ谷選手、19年間プロ生活お疲れ様でした!!