NEWS
ニュース
2024.12.16[チーム]
[小野忠史×水谷尚人 対談・前編]受け継がれてきた歴史を継承しながら、クラブとしての成長を目指す。
―先日、小野忠史社長のご退任と、水谷尚人新社長の就任が発表されました。
小野忠史(以下、小野):19年に副社長として着任してから6年間にわたりお世話になりました。パートナー企業の皆さま、ホームタウンの皆さま、ファン・サポーターの皆さまにこの場を借りて御礼を申し上げます。パナソニックからの異動の辞令を受け、初めてガンバ大阪の試合を観戦に訪れたパナソニックスタジアム吹田の熱気、興奮に触れた日のことは今でも鮮明に覚えています。一気に心を鷲掴みにされたのと同時に、大きなやりがいと責任を感じ、その使命を胸に抱き続けた6年間でした。この間のチーム成績を振り返れば、決して皆さまにご満足いただけるものではなく、私自身の至らなさ、力不足を感じた部分もたくさんあります。 ただ、そうした状況下でも変わらずたくさんの方にガンバを支え、応援していただいていたことが本当に心強く、その度に襟を正すような気持ちになりました。本当にありがとうございました。
水谷尚人(以下、水谷):このたび、小野さんからバトンを受け継ぎ、後任に就任することになりました。20年以上にわたりこのサッカー界に身を置いてきた一人として、歴史あるガンバ大阪の先頭に立つ大役を任されたことに、大きな責任を感じております。私は96年6月から財団法人2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会で仕事をしていたのですが、同大会が終わった時に、日本サッカー界を牽引してくださっていた長沼健さんや岡野俊一郎さんに「これからは、お前たちがちゃんとやっていけよ」という言葉を掛けていただいていました。お二人の尽力する姿を側で見ながら、常々、サッカー界への恩返しを、という思いで仕事にあたってきました。今回の就任に際してもその思いは強くありますし、小野さんをはじめ歴代社長の皆さんが繋いできた歴史をしっかり継承していきたいと思っています。もっとも、正直今はまだ自分に何ができるのか、明確には描けていません。まずはガンバの仲間に入れていただいて、自分の目でいろんなことを見て、感じて、いろんな方とのコミュニケーションを図りながら知ることが先決だと思っています。その上で、必要だと感じたことをその場、その場で決断していこうと思います。
―クラブ創設34年目の歴史において、パナソニックグループ以外から代表取締役社長に着任されるのは初めてです。水谷さんを招聘されるに至った経緯をお聞かせください。
小野:私が8代目になりますが、おっしゃる通り、これまで全員が責任企業であるパナソニック出身者で、どちらかというと経営軸に重きを置いて仕事を進めてきました。ただ、着任からの6年間を通して、この先のプロサッカークラブの運営を考えた時に、フットボールへの理解もある中で経営ができるのが理想だと思い至ったというか。それを実現するためにも、責任企業からの異動ではなく、長期的なスパンでフットボールと経営を両輪で進めていける人材が先頭に立つべきだと考えました。今後もパナソニックとの関係性は継続していくことを前提に、今回、水谷さんに白羽の矢が立ったというわけです。水谷さんはもともとご自身もサッカーをされていて、フットボールの世界にも精通されています。湘南ベルマーレの強化部長や代表取締役社長をはじめ、Jリーグでのカテゴリーダイレクターといったお立場や、スポーツ界に身を置いたご自身の仕事を通して、グローバルに活躍をされてこられました。そうしたさまざまな経験値をガンバで存分に発揮しながら先頭に立って引っ張っていただけるんじゃないかと思っています。
水谷:打診をいただいたのが確か、今年の夏頃でしたが、正直に申しますと、すぐにお返事はできなかったんです。これまで、キャリアの節目ではいろんな決断をしてきましたが、常に即決で返事をしてきたことを思えば初めてのことでした。その理由は長らくJリーグの歴史を間近で見てきた中で、自分に何ができるのか、どんなふうに力になれるのかがすぐに描けなかったからです。ですが、それを機に継続的に話をさせていただく中で、また私自身も外からガンバというクラブを見ていく中で、正直に自分の気持ちと向き合った際に、やってみたいという思いがどんどん強くなっていくのを感じました。個人的に還暦を前に自身の体力、気力があるうちに、もう一度、新たなチャレンジをしたいという気持ちになったのもあります。
―小野さんが社長を務められた6年間は、コロナ禍もあり例年とは全く違う大変さに直面されたのではないかと思います。この6年間はどんな時間でしたか。
小野:先ほども少し触れましたが、まずチーム成績のところでいうと、20年はクラブOBでもある宮本恒靖監督のもとJ1リーグで2位になり、天皇杯も決勝に進出することができました。おっしゃる通り、コロナ禍でクラブ経営としても、チーム運営としても非常に厳しい時期を過ごしましたが、ほとんどのパートナー企業の皆さまが離れずに支えていただいたことにも助けられ、大きな感謝の気持ちを持ちながらのスタートになりました。
水谷:私も当時は、湘南の代表取締役社長を務めていましたが、サッカー界としても初めて直面する出来事で、4ヶ月強にわたる公式戦の中断、チーム活動の停止をはじめ、感染症対策にも右往左往していたのを思い出します。
小野:当時はスポーツ界だけではなく、世の中全体がストップしてしまって途方に暮れたと言いますか、日々、この難局をどう乗り越えればいいのかを模索していました。クラブとしても経費を削減することへの意識づけとして、事務所内の2本セットになっている蛍光灯の1本を外したりもして…それぞれが、いろんな場所で我慢や工夫をしながらその時期を過ごしていたのを覚えています。パートナー企業の皆さまとのコミュニケーションも、電話やwebミーティングしかできなくなり心苦しく感じることも多かったですが、そうしたやりとりを通してたくさんのことに気づかされ、学んだこともありました。
―21年以降は、チームとしては苦しい時間が続きました。
小野:おっしゃる通り、21年、22年は連続して残留争いに巻き込まれてしまいました。もう一度、ガンバらしさを取り戻そうと現監督であるポヤトス氏を招聘した23年も、一時期は4連勝、3連勝を含む8戦負けなしと勝負強さを示した一方で、終盤は10戦白星のない状況が続くなど、波のあるシーズンになってしまい16位でフィニッシュと、皆さまの期待に応えられないシーズンになってしまいました 。その昨年からの継続を求めた今シーズンに関してはリーグ戦が4位、天皇杯でも4年ぶりの決勝進出と、タイトルを意識しながら戦ってくることはできましたが、結果的に、いずれのシーズンもタイトルは獲得できなかったという意味で、まだまだ成長しなければいけないと思いながら、水谷さんにバトンを繋ぐことになります。
水谷:ポヤトス監督が継続して指揮を執られた今シーズンは、外から見ていても、ガンバが目指すサッカーがチームに浸透しつつあるのを感じました。以前から『巧い選手が多い』というのが私のガンバに対する印象でしたが、ポテンシャルのある選手たちがのびのびとプレーされているようにもお見受けしました。
小野:これは経営戦略ともリンクする部分ですが、クラブ30周年を迎えた21年10月に、我々はクラブ、チームの現状を鑑みて「ガンバが変わる」という決意を明確に打ち出すべく、新たなブランドコンセプトとして目指すゴールを『Japan’s Best Sports Experience Brand』、ゴール達成のテーマに『BE THE HEAT,BE THE HEART』を掲げ、新エンブレムを発表しました。その際、クラブとしても、チームとしても今一度、我々が進むべき方向はどこなのか、ガンバはどんなフットボールを目指すのか、という原点に立ち返り、いろんな見直しを図りました。その中でポヤトス監督にお任せした23年は思うような結果は出なかったのですが、取り組んでいるサッカー、目指すべき方向性は間違っていないということに信念を持って監督続投を決断しました。と同時に、昨年の反省をもとに監督とも話をしながらスタイルに合う選手をリストアップし、13人の選手を新しく迎え入れました。それによってより、ポヤトス監督が目指すサッカーの浸透がスムーズに行われ、結果につながり始めたのが今シーズンだったと受け止めています。そうした改革において痛感しているのは、先ほども申し上げたガンバはどんなフットボールを目指すのか、という明確な軸をクラブが備えることの必要性です。実際、今シーズンはフットボール本部を設置し、松田浩さんに舵取りをお願いしました。その中ではトップチームからアカデミーまでの指導者が全員揃って定期的にミーティングを行い、スタイルの共有を徹底しながら、意見を交わしてきました。そういう意味ではクラブが目指すところに少しずついろんなアクションが伴ってきたようにも感じています。
水谷:ガンバとしてどんなフットボールを目指すのかという軸は、クラブ経営において非常に大事な要素だと感じています。それはアカデミーからトップチームまでのチームづくりに限らず、各カテゴリーにおける選手のスカウトにも大きく影響を及ぼすからです。ガンバならこんなサッカーができる、こんな能力が備えられる、こういう選手になれる、ということを描きやすくなることは、アカデミー選手にとっても、プロ選手にとってもチームを選択する上での1つの指針になるはずです。
小野:もちろん、応援していただく皆さまがそこに勝利を求めていらっしゃるのは重々承知しています。ですが、長い目で見ても、そうしたクラブとしてのスタイルの構築、徹底は必ず結果を引き寄せる要素になっていくと信じています。
水谷:私もそこは同感です。ガンバが備えるポテンシャルを考えても、クラブ全体が同じ方向を向いて歩み続けることが、継続的な『強さ』に変わっていくと思っています。
―先ほど話題にのぼった新ブランドコンセプトおよび、新エンブレムの発表を含め、事業面でもさまざまな改革を行なってこられました。
小野:私が社長に就任し、最初に着目したのが『働いている従業員が幸せであるか』でした。というのも、16年にパナソニックスタジアム吹田が完成して以降、一気に事業規模が膨らみ、従業員も大幅に増やした流れがあったものの、実は離職率もすごく高かったんです。EOSと呼ばれる従業員意識実態調査を行なっても、お恥ずかしながらかなり低い点数でした。これは何か原因があるなと思い、従業員との個人面談や日々のコミュニケーションを通して、彼らがどんなことを考えていて、どんな意識で仕事と向き合っているのかを知ることから始めたところ『やりがい』『働きがい』の部分で物足りなさを感じていると思い当たりました。その部分の改善を図る上で、大きなきっかけになったのが30周年の節目に行った、ブランドコンセプトと新エンブレムの発表です。それに応じて、従業員にも改革への意識を持ってもらうことを促しながら『ガンバが変わる』ための取り組みをさまざまな部署で、あるいはチームを組んで社員が自ら「こんなことをやってみたい」というプロジェクトを多数展開し、ボトムアップを目指しました。新たなマスコット『モフレム』を活用したグルメ開発やグッズ開発を始め、集客プロジェクトやSDGsを意識した活動もその1つです。また成果に対する報酬面でも定期的に賃金改定も行いました。そうした継続によって徐々に、従業員それぞれの意識に変化が見られ、クラブに愛着ややりがいを感じながら働いてくれている人が増えつつあります。それに伴い事業としてもいい方向に進んできているという手応えも大きくなっていきました。
―小野さんが積極的に取り組まれたスタジアムの『ガンバ化』も印象に残っています。
小野:就任当時、パナスタに『ガンバ色』を感じられなかったことがきっかけでした。外壁に大した装飾もなかったし、大阪モノレールの万博公園駅からパナスタへの道中にも、スタジアムに足を運ぶ高揚感を後押しするような仕掛けがほぼありませんでした。でもいろんなアウェイの地に足を運んでみると、クラブと地域の一体感を感じる、街をあげた仕掛けがいろいろ施されていて…。これは負けていられないと、外壁に所属選手の写真を掲げるようになり、従業員総出で万博公園駅の構内や電車の中でも『ガンバ』を感じていただく仕掛けを増やしました。これはホームタウン活動にも通ずるところです。これまでもガンバは、吹田市、茨木市、高槻市、豊中市、摂津市、池田市、箕面市を中心に地域の活性化を目指したさまざまな活動を展開してきました。03年から継続してきた選手が小学校を訪問し子供たちと触れ合う『ホームタウンふれあい活動』をはじめ、スポーツ振興を目指したホームタウン応援デーの設置などもその1つです。また21年以降は、新たに、スポーツを通じた市民の健康増進と地域課題に向き合い「ガンバがあって良かった」と思ってもらえるような取り組みを目指して、豊中市をはじめ茨木市、高槻市、箕面市、摂津市、池田市と順次、包括連携協定を締結してきました(注:吹田市とは17年にパートナーシップ協定を締結)。その部分はまだまだ広がりが持てると思っていますし、より地域の皆さまと強固な関係を築いていってもらいたいと考えています。
水谷:私自身、サッカーに限らず、近年はいろんなジャンルのスポーツにも携わってきましたが、人が何かを目指す姿、努力を重ねる姿に勇気づけられる人はたくさんいます。スタジアムに足を運んでくださる方、ガンバを応援してくださる方には、選手たちの戦う姿に、サッカーの面白さや、勝ち負けだけではなく、いろんな感情や心のつながりを感じてくださっているはずで、我々にはそれをより大きなものにしていく使命があると感じています。だからこそ、さまざまな仕掛けによってガンバを応援してくださる皆さまの心にも訴えかけていくような取り組みはこの先もすごく大事になると考えています。また『スタジアムのガンバ化』もすごくいい取り組みだと思います。わかりやすい例として東京ディズニーランドに行くと、駅や駐車場を降りた瞬間から、子供たちが勝手に走り出すじゃないですか? あのワクワク感は、パナスタに限らず日本のサッカースタジアムにはまだまだ少ないと思いますので、それが自然に生まれるような雰囲気、仕掛けはいろいろと考えていきたいです。
―また昨年のチョンブリFCとの提携に続き、近年ではAFCアヤックスとの戦略パートナーシップも新たな取り組みの1つでした。
小野:新たなコンセプトを打ち出した時、我々はサッカーというフィールドにとどまることなく、新たな体験、最高の熱狂を生み出し、人々の生活に新たな様式をもたらすことへの決意を「日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランドになる」という言葉に込めました。アジアはもちろん、グローバルに成長していきたいという思いがあってのことです。その取り組みの1つがパートナーシップを活用したASEAN戦略です。以前からASEAN戦略の必要性は感じていたものの、継続的なアクションを行えていなかった現状を踏まえ、しっかりとパートナーを選定し、連携を強化していこうとタイのチョンブリFCと提携を行いました。またサッカー界の中心であるヨーロッパとの関係性を築くために、ヨーロッパ各地の10以上のクラブの調査を始め、実際に現地にも足を運んでヒアリングを行いました。その上で最終的にはガンバとしての目指すべき姿である『アカデミーからの選手育成に力を入れているクラブ』に重きを置いて絞り込み、アヤックスとの業務提携を実現しました。
水谷:クラブの将来を考えても絶対に欠かせない、大事な取り組みだと思います。思えば、私が高校生の頃は、日本代表がタイ代表に2対5で負けるような時代で、インドネシアやマレーシアに勝てない時期もありました。それがなぜここまで日本代表が成長できたのかと言えば、やはりJリーグが発足したことがすごく大きかったと思うんです。その過程を知っている我々としては、しっかりJリーグとして恩返ししていく意味でもアジアへの貢献は継続していくべきだと思っています。また、客観的に見て、サッカー界の最先端はヨーロッパにあります。中でもオランダはトータルフットボールの走りとされた国ですし、まさにアヤックスは育成に長けたチームとして知られています。そこはガンバの目指すクラブのあり方ともリンクしますし、多くの学びを得られるんじゃないかと思います。
小野:今夏にはトップチームの坂本一彩、中野伸哉がアヤックスの練習にも参加しましたが、提携による選手強化は目標の1つです。近年は海外志向の選手が多いことを踏まえても、そうした経験ができることもクラブの魅力の一つにしていきたいと考えています。また、来年1月にはアカデミーの監督やコーチが研修を兼ねてアヤックスを訪れます。そうした機会を通して肌身で感じたことも、クラブに還元していってもらいたいと思っています。
水谷:指導者の育成は、今後のサッカー界の発展、ガンバの発展を考えても不可欠なだけに、すごく面白い取り組みだと思います。未だ日本の指導者が、ヨーロッパで監督やコーチ業をするのは難しく、個人で伝手をたどって学びにいかれている方が多いのが現状です。だからこそ、それをクラブがサポートできるような形が取れれば理想ですね。
(後編へ続く)
―
高村美砂●文 text by Takamura Misa











