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2026.4.27[チーム]
[ WE ARE GAMBA OSAKA 2026 ]MF10 倉田 秋
イェンス ヴィッシング監督のもとで始まった新生ガンバのキーワードは『前へ』。
選手、スタッフの誰もがその言葉を心に据えて、
プレーも思考も、さらにはフットボーラーとしての生き方を含めて前への意識を強め、サッカーに向き合っている。
今シーズンのWE ARE GAMBA OSAKAはそんな「前へ」突き進む男たちが、
キャリアを大きく動かした体験や出会いといった『突破』の瞬間にスポットをあてる。
その先に、彼らはどんな世界を見出したのだろうか。
プロ20年目を迎えた今、キャリアを振り返った時に脳裏に蘇るのは、試合での喜怒哀楽ではなく、日々の練習の風景だという。
「もちろん、僕にとってサッカー選手として一番楽しいのは今も昔も試合を戦うこと。それは揺るぎない事実やのに、なぜか過去を振り返ると、意外と試合のことってあまり思い出せないんです。それよりも普段の過ごし方への後悔というか、あの時、もう少しやれたことがあったんちゃうか、腐ってる場合じゃなかったな、ってことばかりが思い出される。結局、日々のトレーニングが何よりも大事だと気づいたからじゃないかな」
だからこそ、倉田秋は今、日々のトレーニングを1分1秒たりとも無駄にしない。その積み重ねがなければ何も始まらないと過去の自分から学んだからだ。
「若い頃は試合に使われるかどうかに揺り動かされていたけど今は違う。まずは自分にできること、つまり、日々の練習を一生懸命やる、1コマ1コマに全てを注いでやり切る。試合に使われる、使われないに関係なくその毎日をとにかく積み重ねていくだけやと思っています。サッカーって考えてプレーするのも大事やけど、そもそも僕は『本能』のままにプレーすることで自分のベストを引き出せると考えているので。だからこそ、普段の練習ではその『本能』を作り出すために考えまくって、いろんな試行錯誤を繰り返して、自分のプレーの質を上げることに向き合い、試合になればその全てが染み込まれた体で真っ直ぐ、本能で戦いたいと思っています」
そんな今の倉田に繋がる『突破』の瞬間は2度ある。1度目はガンバジュニアユースに加入した中学1年生の時。自身より体が大きく、圧倒的な技術を備えた同世代を目の当たりにして「自分が一番と思ってたんは錯覚やった」ことに気づけた経験は、その成長曲線を一気に上昇させた。
「鴨川幸司コーチに、3対1、4対2、5対3みたいなボール回しの練習を通して、徹底的に足元の技術を叩き込まれました。プラス、みんなと練習しているだけでは差が埋まらんと思い、帰宅してからも夜遅くから真っ暗闇の中でとにかくずっとボールを触っていた。当時は単純にそれが楽しかったのもありました。でも、そんな毎日を続けていたらめちゃめちゃ成長を感じられたというか。あんなにも『俺、めっちゃ巧くなってるやん。この伸び幅はヤバいな!』って思えたのは、後にも先にもあの一度だけです」
そして、2度目はトップチーム昇格から4年目にあたる10年にジェフユナイテッド千葉に、11年にセレッソ大阪に期限付き移籍をした経験だ。千葉時代にボランチからサイドハーフにコンバートされたことを含め、その2年間はプロとして生き抜くための『土台』になった。
「未だにあの時を超えるキツいトレーニングはないと言っても過言ではないほど、千葉ではいろんな種類の『走る』トレーニングと向き合いました。砂浜をひたすらシャトランしたり、立山キャンプで砂山を何度もダッシュしたり。この歳までプレーできているのも、今の時代の強度にも耐えられるくらいの体を10年の千葉で作れたからやと思っています。プラス、それを元にC大阪でスペシャルな攻撃陣と、レヴィ・クルピ監督の超攻撃的なサッカーを試合に出ながら追及できた経験は12年以降のガンバでの自分を語る上では外せない時間になりました」
過去の経験を通して得た気づきを37歳になった今もしっかりと胸に携えて日々、真っ直ぐにサッカーに向き合う。その姿が20年にも及ぶ倉田のキャリアを支えている。
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高村美砂●文 text by Takamura Misa
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